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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1501号 判決 1973年9月20日

控訴人

布施正一

右訴訟代理人

畔柳桑太郎

外一名

被控訴人

橋本菊次郎

右訴訟代理人

今川一雄

外二名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、<中略>控訴人において、「仲田義雄に対する本件建物の移転は信託的譲渡であり、このような場合、次に述べるように、民法六一二条二項にいう転貸又は賃借権の譲渡にあたらない。借地上の建物につき登記簿上所有権移転が行なわれた場合に、これが賃借土地の右法条にいう転貸又は賃借権譲渡に該当するのは、その建物の所有権が終局的確定的に移転したものであることを要するところ(最判昭和四〇年一二月一七日民集一九巻九号二一五九頁参照)、本件信託的譲渡のように、控訴人に本件建物の所有権が復帰すべき可能性を担つており、その帰属が不確定な権利であつて、使用、収益、処分等の対物的支配権能の主要部分の行使が制約されている場合には、これに該当しない。すなわち、(イ)本件建物については、仲田に名義変更前すでに他の共同担保とともに根抵当権が設定されているが、本件建物を除く他の共同担保については被担保債権を弁済したのでこれが抹消されているが本件建物については控訴人に所有権が復帰した後にも抹消されていないのであつて、しかも右被担保債権については仲田に名義変更があつた後に控訴人がすべてこれを弁済している。このような関係は通常信託的譲渡の場合に行われることであり、他方本件建物は仲田の所有名義になつた後においても同人の個人的債務のため担保に供せられることなく、明治自動車交通株式会社(以下、「明治自動車」という。)のために担保に供せられているのであつて、このことは、仲田の本件建物に対する担保権設定の権能が制約されていた証左であり、(ロ)控訴人は、本件建物を取得して以来、自己の経営する明治鋼材株式会社の社員を入居せしめ、さらには控訴人の子供である布施篤夫及びその家族を入居させて、同人は現在もこれに居住しており、これらの者に対する家賃は仲田に名義変更の前後を通じてこれを請求することはなく、地代も控訴人において被控訴人に支払つてきたもので、本件建物につき仲田に名義変更の前後を通じ、控訴人の対物的支配権能になんらの消長はなく、所有権に基づく権能は控訴人において有していたものである。なお、本件建物の所有名義は仲田から控訴人に復帰されているが、これが復帰は容易に行われたもので、このことは仲田に所有権が終局的確定的に帰属せず、控訴人にその所有権能があつたことにほかならない。」と述べた<後略>。

理由

一、被控訴人が昭和三五年三月一六日控訴人に被控訴人所有の本件土地を普通建物所有の目的で期間二〇年賃料若干をもつて賃貸し、昭和四五年七月現在その賃料が一か月金一、四五五円であること、控訴人が本件土地上に本件建物を所有していたところ昭和三五年一二月九日仲田義雄あて本件建物につき売買による所有権移転登記をしたこと、被控訴人が昭和四五年八月三日控訴人にあて仲田義雄に本件土地を無断転貸したこと等を理由に右賃貸借契約解除の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、契約解除の効力について判断するに

(1)  <証拠>をあわせ考えると次の事実が認められる。

(イ)  控訴人は一般乗用自動車運送事業を目的とする明治自動車の代表取締役であつたが、自己の経営する明治鋼材株式会社の業績が悪化したのでこれが整理に専念することとして、昭和三五年一一月一四日、明治自動車の代表取締役を辞任し、仲田義雄にこれが経営を一時託することとして、同日仲田が同会社の代表取締役に就任し、同人はその後昭和四四年一二月二五日辞任するまで、途中三回若干期間の中断はあつたが代表取締役の地位を占めていた。

(ロ)  控訴人は、仲田を明治自動車の代表取締役にするにあたり、同人にこれといつた資産はなかつたので、同会社の代表取締役として監督官庁に対して財産的信用を得させる必要があると考え、仲田に対し、代表取締役就任後の昭和三五年一二月九日本件建物のほか控訴人所有の東京都江戸川区小岩町三丁目一六五四番宅地一〇四坪及び同所所在家屋番号同町一四六八番木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺平家建居宅一棟建坪二四坪二合六勺(付属建物四棟付)(以下「本件外土地建物」という。)につき登記所有名義を移転し、仲田も右各土地建物の所有権を取得する意思はなかつた。

(ハ)  控訴人は右の各不動産の登記所有名義を仲田に移転した後も、昭和三六年三月二八日前記本件外の土地建物につき設定されていた中小企業金融公庫に対する金一〇〇〇万円の抵当権設定登記を抹消し、同年六月一日本件建物につき永代信用組合に対し設定されていた元本極度額金五〇〇万円の根抵当権の被担保債務を弁済し(なお、これに関する根抵当権設定登記の抹消はいまだ行われていない。)、昭和四三年一一月二六日右各不動産につき設定されていた永代信用組合に対する元本極度額金一〇〇〇万円の根抵当権設定登記を抹消し、昭和四五年五月一三日前記本件外土地建物につき設定されていた山三興業株式会社(当初は東京信用金庫)に対する元本極度額金七〇〇万円の根抵当権設定登記を抹消した。

(ニ)  控訴人は、本件建物の所有名義を仲田義雄に移転した後も本件土地に対する地代を被控訴人に支払い、(但し本件建物の固定資産税は取りあえず名義人の仲田義雄が支払つた。)昭和三五年八月中旬ごろより控訴人の弟の嫁の妹を妻とする戸村重治及びその家族を居住させ(家賃を受け取つていない。)、昭和四五年四、五月ごろにはこれに代つて控訴人の三男である布施篤夫及びその家族を入居させていた。

(ホ)  明治自動車の経営は昭和四四年一二月二六日訴外秋山利郎が代表取締役に就任して、仲田義雄及び控訴人らの手をはなれたが、これよりさき、同年一一月二七日控訴人と仲田義雄との間において前記各不動産を仲田が明治自動車の経営に関与する間のみ同人をその登記所有名義人とする趣旨であつたことを再確認し、控訴人の請求により仲田は右各不動産の名義を返還することを約し、昭和四五年八月一一日には本件建物の登記所有名義を、昭和四六年四月一九日には前記本件外土地建物の登記所有名義を控訴人に返還した。

以上の事実が認められる。<以下、証拠判断省略>。

右の事実によると、控訴人が仲田義雄に本件建物の所有権移転登記手続をしたのは、控訴人の経営する明治自動車を仲田に一時委かせるにあたりその信用を得させるためにその所有名義のみを移転したものにすぎず、この登記所有名義を移転した後においても本件建物に対する実質的支配がなお控訴人にあつたことが明らかで、これらのことから考えると、本件建物につき所有権移転登記がなされた事実から、直ちに本件建物の所有権が仲田義雄に移転し、したがつて控訴人において本件土地を転貸したとかその賃借権を譲渡したものということはできない。すると、被控訴人のなした本件土地の無断転貸を理由とする賃貸借契約解除はその解除原因を欠き、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

(2)  次に、被控訴人は、右の事情を一〇年近くも秘していた控訴人の行為は、賃貸借関係における信頼関係を裏切る行為であると主張するけれども、前記認定のように控訴人が本件建物の登記所有名義を移転したのは単にその名義だけで実質的な支配はいまだ控訴人にあつたものであつて、この間地代の支払いも滞りなく行なわれ賃借人としての義務の履行に欠けるところはなかつたものであつて、控訴人において右の事情を被控訴人に告げなかつたからといつて、これをもつて本件土地賃貸借契約関係における背信行為にあたるものと断ずることはできない。したがつて、この点に関する被控訴人の主張も理由がない。<以下、省略>

(久利馨 栗山忍 館忠彦)

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